友人のI君と建物

仕事をしていると友人のI君から電話があった。

I君「どうも気になる変な建物が建設中でな。なんか怪しげというか、こういうことには君は詳しいから、あれってどういう団体が作っている建物なのかわかったら教えてほしい」

ボク「うーん、なんか看板とかないの?」

I君「ローマ字でなんか書いてあるんだけど、よくわからないんだよね」

ボク「じゃあ、どういう形状の建物なんだ?団体によっては特徴的な建物を作ったりするからな」

I君「まあ、長方形だな」

ボク「・・・ボクの知る限り、大体の建物は長方形だな。球体とか、なかなかないと思うよ。例えば神社とかだったら鳥居があったりするだろ。そういう特徴を教えてくれ」

I君「うーん、特徴的なところといえば、長方形をしている建物で窓にガラスがあって・・・

ボク「・・・建設中ならどこが発注者か書いた看板みたいなのが出てると思うからそれ見たらわかると思うよ。少なくとも形が長方形で窓ガラスというだけではボクにはわからん」

多分、日本の建物の99%以上は、大体長方形で窓にはガラスがある。

— posted by ボク at 04:13 pm  

友人のI君の女性観

友人のI君が女性で一番同じ時間を過ごしているのは、彼の部屋で三方向から20以上の目で彼を監視している某女優のポスターであり、二番目は関節が動くのでとりあえず待気構にボクがしておいた彼の部屋にある綾波レイ(彼はこれを16800円で購入したとのこと)のフィギュア、三番目にやっと彼の実母、四番目は彼と同居して2年以上たつのにえさをやってもよってさえこない猫のみーこ(雌)である。

つまりベスト4の中に唯一入っている人間の女性でさえ「実母」、これが友人のI君を取り巻く人間関係であり、当然結婚もしてなけりゃ彼女もいない。

そんな友人のI君宅へ仕事の会計監査が終わった後に遊びに行くと、丁度I君とI君ママが昼飯(といっても午後3時)を食っていた。

I君ママに盛んにご飯を勧められたが、時間的に微妙だったこともあったので断ると、ご飯は自炊しているのかとか聞かれたり、その流れで最近結婚した某友人は奥さんの分もご飯を作っているとツィートしているとか、ボクの妻の話とかいろいろ男性と女性の感覚の違いの話になった。

特に女性はものすごく服を持っているので、たんすなどがどんどん増えていくと言う話になり、

ボク「まあ、女性と男性は感覚が違うから相容れないところというのはいろいろある。俺の奥さんも服を大量に持っているが、それについて意見すると怒るしな。俺の感覚だと着ない服は(邪魔なので)捨てればよいが捨てないしな」

I君「まあ、女ってものはそういうもんなんだよ。」

ボク「Iに女の何がわかるというのだw」

I君「いや、母さんとかもそうだし(といってI君ママに助け舟を求める視線を送る)」

I君ママ「たしかになあ」

判断材料が実母しかないI君に女性観を語る資格なし。

— posted by ボク at 09:38 am  

全員が労働による自己実現なんて出来るわけない

これまでほとんど付き合ったことがない人達の傾向を聞き取り調査したことがあるのだが、そこには一定の傾向が見られた。

それはまず第一には実社会でほとんど異性との交流がないこと、第二に口では「外見はあまり気にしない」というのだが、実際には自分が相手に求める容姿のレベルが半端なく高いことだ。

この第二の理由は第一の理由に強く影響を受けた結果であると思われる。

これは、実社会で異性との交流がほとんどない場合に一番多く異性の容姿を見るのはテレビなどのマスメディアになるのだが、当たり前のことだが、マスメディア上に出ている人々というのは大抵容姿的に全国から選び抜かれた人々であり、端的に言えば日本の容姿ランキングトップ100みたいな人達となり、このトップ100を容姿の基準にしてしまっているため、当然ながら市井の普通の人々など問題外となってしまうのである。

ただ、そのようにほとんど付き合ったことがない人達であってもその人本人の容姿が極端に優れているのならば自分自身がマスメディア上で活躍する容姿の優れた人々の社会に参入できる可能性がかなり上がるのだが、ここでポイントなのは、当然ながらほとんどの人は容姿も普通であることから参入可能性も著しく低いということである。

このようになんらかの自分にとって未体験であることについてマスメディアで行われている世界を自分の判断の基準にしてしまうことと、ほとんどの人々は文字通り極端な才能などないという厳然たる事実がニート・引きこもり問題の原因の一つにも当たるように思うのだ。

わかりやすくテレビを中心として考えると、子供の頃、特に男性なら世界を救う変身ヒーローに将来なりたいと思った人が結構いると思う(といいながらボクは思わなかったのだが)。しかし、この夢=自己実現はちょっと年齢が上がればそもそも自分には変身する能力・才能はないし、周りに変身できる人もいないという当たり前の事実に気づき、これは無理であると気づける。

次に、ことこれが仕事に関することの場合、マスメディアに出ている人は職業に関連したドラマで希望の仕事で自己実現を図り、又希望の仕事ではなくともやっぱりどうにかして自己実現をはかったりする人のオンパレードで、ドキュメンタリー番組で仕事について取り上げられる人は労働問題みたいなのを扱っている場合以外はほとんど仕事が大好きで仕方ありませんみたいなひとばかりであるが、こうなってしまうのも当たり前といえば当たり前で、仕事が始まったとたんに基本早く家に帰れないかなーと思っているような人にはドラマ性がないので、そういう番組は作られないからである。

しかし実はこういうとっとと仕事が終わって帰宅したい人の方が圧倒的に多いという当たり前の事実は現実に働き出して周りを見回したらわかるのだが、学生などで実際にきちんと働いたことのない人にとってはテレビの中で存在している仕事で自己実現はかりまくりの人が自分にとっては大多数であり、しかも内容が変身して地球を救うという非現実的なこととは違ってほとんどの人が実際に労働している以上、非現実と容易にはいいきれないところがあり結果、「仕事で自己実現できないなんて都市伝説」とばかりに自己実現できる仕事を探そうとする。

もちろん、仕事によって自己実現できる人はいるし、人生においてかなりの時間を費やすであろう仕事で自己実現が出来たら、それはそれで素晴らしいことだが、労働というのは基本的に自分の行為を誰かに買ってもらって対価をもらうことであることからして対価を支払う相手が厳然と存在するものであり、自分だけで完結できることではない以上、どれだけ自己実現する行為を行っても、それに対価を払ってもらえないとそれは労働ではないのである。

そしてそれに追い討ちをかけるのは、ほとんどの人は極端な才能などないので、自己実現=自分のしたいこととそれにお金を払ってくれることが一致することはあまりないのである。

例えば野球をするのがものすごく好きで自己実現のためにそれを職業にしようと思ってもプロ野球選手になる才能がなければそれは不可能であり、現実的にそのような才能がある人はほんの一握りだ。

そう、皆がやってみたいなと思うような仕事(=自己実現できそうな仕事)は才能というかなりの参入障壁が用意されているのだ。

ではその極端な才能などない普通の人に対してなぜ対価を払う人がいるかといえば、それは極端な例外を除けば基本的に「自分ではしたくないこと・自分ではやる時間がないこと」を代わりにやってもらいたいためであり、元々がそのようなことをしてもらうために求人しているのだから、自己実現なんて出来なくて当たり前なのである。

こういうことを考えると、よく就職を考えている人に対して「君は何がしたいんだ」というようなことを言う人がいるが、これはようはしたくないことはするなということの裏返しであるため、少なくとも雇用側がやりたくないかする時間がないようなことをするという就職について、こんなことを言ったら元々リアルな労働というものを知っている人はやる気がなくなるだろうし、仕事で自己実現ができると信じている人にとってはこの仕事では自己実現ができないと考え就職後すぐの離職率を高めるだけである。

しかし、仕事をやめて他の自己実現できそうな仕事を探したところでそれを探し当てるのは容易ではない。なぜなら、元々特殊な才能を要さずに出来る仕事というのは基本しんどい仕事だからである。

だから就職を考えている人に対して我々はむしろ「君はどういうことができるのか」又は「君の我慢の限界と言うのはどこか」と言う方を重視して聞いた方がその人のためになると思う。

なお、間違ってほしくないのは、ボクは仕事で自己実現を図ることが不可能であるといっているわけではない。別にやりがいを求めて入った職場ではないが、仕事を続ける中でやりがいを見つけることもないわけではない。ただ、それはあくまで仕事をある程度続けていく中で発見できることであり、元々仕事に自己実現を求めすぎている人のようにハードルを事前にあげすぎてしまうと、やりがいが見つかる前に辞めてしまうか、他者からみれば十分やりがいがあるだろうにということにも気づかない可能性がある。

仕事は自己実現のために行うものだという考えを捨てないと日本のニート引きこもり問題は解決しない。労働は金のためだけに行うとハードルを下げておく方が結果的に満足感につながるんじゃないだろうか。

では例えば親に金があって、もしくは大して親が金持っているわけではないがどうにか働かなくても生きていけると言う場合にそれでも働いた方がよいと言う理由はなんだろうか。

そんなのは簡単な事で、働かないという選択に対する日本社会の外圧は半端ないので、それをかわすだけでも人生はかなり楽になるのだから、それを満たすためだけでも働く理由には必要十分である。

人間誰もが積極的であるはずがないし、外圧をかわすという消極的な理由だろうが、それで自分に対する多大な不快感を取り除くことが出来るならそれはそれで自分個人にとっても社会全体にとってもいいことだと思うのだ。

いやほんと。

— posted by ボク at 10:16 am  

ボクのダイエットサイトが

ボクが作ったダイエット法サイトが、全く知らない人によってダイエットコースになっていてびびった。

http://karada.goo.ne.jp/course/detail/948Link Link

— posted by ボク at 10:54 am  

初めての食事と友人のI君

ボクは常に友人のI君宅へはノーアポで訪れることにしている。これはI君は大抵一人でいる時はとんでもないことをしているのだが、アポを取るとボクが到着する前にそれらを片付けてしまい、如何にも自分はまっとうな生活を送っているとみせかけようとするからである。

さて、そんなとんでもないことが先日の訪問時にも行われていた。

いつものようにノーアポでI君宅のチャイムを鳴らすと、I君がいつになくすぐに出てきて(いつもは真昼間から寝ているか爆音でゲームしているかのどちらかの理由によりなかなか出てこない)、今料理している最中だという。

で、このため台所のある部屋で料理が終わるのを待っていてくれと言われて部屋に入ると、マクドナルドの大きな袋が畳の上においてある。マクドを買っているのになぜさらに料理しているのだろうと思って袋の中を見るとそこにはマックナゲットがきれいに5つ並んでいた。

さらに机の上を見るとスーパーマーケットの袋があり、その中には刺身の大き目のパックが3つ、さらにさらの上にはおおよそパーティパック3つ分はあろうかという揚げ物がずらりと。

また、栄養バランスへの言い訳としか思えないような野菜ジュースが一リットルほどでんとひかえている。

ボクはこの脅威の量に圧倒され、背中側にいるI君を振りかえってみると、彼もボクの言いたいことを察したのか、

I君「まあ今、袋ラーメン3つ分作ってるんだけどねw」

さらに彼はその袋ラーメン3つ分のどんぶりに生卵を投入しかき混ぜて食べだした。

ボク「とりあえず地球の資源たちに謝ってくれ」

I君「いやいや、これが今日始めての食事なんだよ。だからまあ3食分食べようかなと」

だからといって一食で三食分取る必然性はない。

農林水産省は自給率がどうこういうのは、こういう無駄食いをどうにかしてからだと思うんだ。

— posted by ボク at 04:49 pm  

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