ああしとけばよかったとか考えても無意味

とある友人と話していて、ふとボクが始めてウェブサイトを作ったのはいつか、という話になった。ボクはこれまでの人生で結構な数のサイトを作ってきたが、そのなかで一番最初に作ったのは大学一年のときに高校時代に行っていた部活のOB連中が交流できるためのサイトであった。だからもう12年以上も前になる。ホームページ作成ソフトなんて持っていなかったからもちろんHTMLは手打ちであり一ページ作るにもものすごい時間がかかった。そのサイトはがっつり放置していて且つ、無料のスペースに置いていたので今は削除されてしまってもう存在しないのだが、そんな話をすると、その友人は「そんな昔から作っていたのか。私もそういうときからホームページでも作っていたら今頃はホームページデザインの仕事でも出来たかもしれないなあ。後悔しきりだ。」と言った。で、ボク。ボク「うーん、あの時どうしていたらよかったとか考えても無意味でしょ。過去に戻れるタイムマシンが存在しない以上、あのときどうしてたらとか考えたところで考えるだけ時間の無駄だしね。つうか、本人にとっては自分の過去がどうだったかとかってほんとに意味ないのよ。考えたところで戻れるわけではないし、過去にそうだったからといって今も同じような行動をとる必要もないんだから、自分が自分の状態を変えようと思ったら今から自分の自由意思でかえたらいいだけだしな。ようするに今からホームページ作ればいいのだよ」友人「ふーん、そうかもしれんなあ」ボク「でな、重要なのが、本人にとっては自分の過去の行いとかどうでも言いというかほとんど無意味なことなんだけど、他人にとって他人を判断するのはその人の過去の行動が大きな割合を占めるわけよ。これをわかっていないやつがいてな、そいつは今から自分は変わりますとは口では言うんだけど、過去の行動からそいつを判断するにやっぱり昔と同じ事をするだろうと思ってたらやっぱり同じ事をしたわけ。他人が他人を評価する時になぜ過去が重要なのかといえば、他人には他人の自由意思はわからないから、結局過去と同じ行動をするだろうという仮定でその人のこれからの行動を判断するようになるのよね。で、これはかなりの割合で当たる。で、自分の過去の状態が現在の自分の状態に近いなら、過去の行動からの学習を現在の行動についての判断材料にできるわけなんやけど、だからといって、繰り返しになるけど、これを過去がそうだからといって現在の自分も不変で過去のままである、と考えると間違っているわけよ。時間が経過している以上、過去の自分と現在の自分は細胞からして入れ替わって別ものだから。」友人「ふむふむ」ボク「だから取り違えてはいけないのは、自分で自分の過去の行いを後悔しても無意味なんだけど、だからといって、自分は変わったから変わってからの自分で判断してくれ、自分の過去は無視してくれと他人にいっても無駄なのよ。時々本当にそういうことをいうやつがいるからな。変わったっていうなら今行うことによって未来の時点で今の行いで変わったことを証明しないと他人は自分の評価を変えてくれることは少ないよ」こんな会話をした。まあ、自由意思自体がそもそもない、という考え方とかもあったりもするわけなんですが、まあ今回の友人に対してそういう話をしてもそれこそそんなこといっても無意味としかいいようがないので、ここでは華麗にスルー。

— posted by ボク at 04:49 pm  

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