某後輩の東京旅行続報。

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それによると、すでに某知人と同棲している彼女が某後輩をどうにかしてくれと訴えているらしい。そりゃそうだろ。このメールでのやり取りで某後輩の本質についての考察を行った。某知人の主張として
あんな状態にもかかわらず自己肯定の塊ですな(某知人のメール引用)
とのことであった。ボクはこれには全面的に同意する。確かに某後輩は自己肯定的である。そしてその考えの根源は自分が悪いのではなく環境が悪いという信念を持っているからではないかと推測する。彼は故・青木雄二氏の著書を読み漁ることにより日本の若者としては稀有な真の意味でのマルキストになっており、事実彼自身がボクに「俺はどっちかっちゅうたら左ですから」と言っている。ボクはマルクス思想についてあれこれいえるほどの知識がないが、基本的にあの思想は「貧乏人がいるのは社会が悪い」、という考えではないかと思っている。つまり自分が今このような環境なのは自分が悪いんじゃなくて環境が悪いと考える某後輩の考えに通じるし、自己肯定につながる。この前提があるなかで、某知人は某後輩がああいう感じになってしまったのは某後輩の親にも責任があるのではないか、と主張した。彼によるとあの年になってまだ某後輩にぬるま湯生活環境を与えている親も悪いと。しかし、ボクはこれには同意できない。それはなぜか。友人のI君という某後輩に似ているようで似ていない身近な比較がボクには存在するからである。友人のI君も過去、ええ年して親から生活費をもらっていた。そしてその金でI君は昼間っから飲んだくれるという日本古来から伝わるダメ人間の伝統をきっちりと継承していたのだが、その親からの生活費供給がなくなったとたん、I君はちゃんと働き出した。つまり彼は食事代や光熱費などの生活費を自ら稼ぐべく働き出したのである。そして、確かにI君は親にはどっぷりだったが、我々友人にたかるようなことは決してなかった。いや、金銭以外の迷惑をかけられた友人は多数存在するが、金銭的な面ではI君は親以外に頼るということはなかったし今もない。I君も昔を振り返りあの頃はほんとやばかったと自分で認めており、また子供を働かすにはお金の供給をストップすればよいとも主張している。翻って某後輩の場合。実家暮らしで食事代などを当然家に入れるなどの行為をするはずのない某後輩はつまりは家賃も食事代も親が負担しているのと同じであり、この点では過去のI君と同じである。しかし、I君との重大な違いは某後輩はたとえ親が金銭的援助をストップしたとしても親以外の知人などにたかりだす可能性が高いということである。これを証明するように実際、今まさに某知人が家賃など取らずに某後輩を自分の家に泊めており、かつ食事代さえも某知人が負担している。しかも某知人によれば、某後輩は悪びれる様子は全くなく単に居候しているから迷惑はかけていないと思っているらしい。しかもここで重要なのは、某後輩が東京に行く時に柔道部のI君が大阪まで載せて行ってやったのだが、そのときにI君が某後輩に明らかに交通費分しかお金を持っていない彼に対して、それはまずいだろ、手土産ぐらいもっていくとか食事代は某知人の分も払うとかしろよと忠告していたにもかかわらず、全く気にもしていないところである。このことから考察するに、某後輩の親が援助しなくなっても結局誰か親以外の人に迷惑がかかる可能性が多分にあり、某後輩の親からすれば自分の子なのだからせめて自分達だけが苦しむだけで他人には迷惑をかけまいとする崇高な考えからの行動ではないかとボクは思うし、このことからして彼の親をせめることはできないとも思う。ボクは彼がああなってしまった原因についてある仮説をもっているのだが、長くなったのでこれは次の機会に譲るとしよう。なんにせよ、それでもなお今月末までは某後輩を泊める予定である某知人に幸アレ。
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— posted by ボク at 09:42 am  

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